はじめまして。
1月17日は阪神・淡路大震災の祈念日でした。
あの日からもう14年、15年目へと歩み始めました。
私は毎年、この日になると苦手な早起きをして、発生時刻に
犠牲者に対しての黙祷をしております。
さて、この掲示板に打鍵したのはどうしてかと思われるかも
しれません。実は私の母親は高高の卒業生ですが、実はあの日、
高校時代の同級生を亡くしました。
私は9年前に復興へと向かう神戸市内を見たい気持ちが募り、
幼い頃から1人でも旅をした神戸、阪神間を年に数回、訪れて
います。その9年前に参加した震災モニュメントウォークで
知り合った方との縁があり、被災者や遺族、さらに各種事件、
事故の被害者をサポートする目的で結成されたNPO法人の
会員にもなって、今日に至っております。
神戸市の東遊園地に慰霊と復興のモニュメントがあります。
犠牲になった神戸市在住者の名前が刻まれたプレートが1枚、
1枚掲示されています。実は6年前からこのNPOがメインに
なって、神戸市外の方、また直接でなく、震災が遠因で亡く
なった方も掲示できるようになりました。
私もこの同級生の方をどうしてもとスタート当初から、主要
スタッフの方に直談判していました。しかし、「家族の同意が
ないと」と言われ、それが筋だろうと。残していた当時の新聞
スクラップを提出して、遺族が名乗り出るのを待とうという
ことになりました。
そして4年過ぎた昨春、かつての仕事仲間から依頼があったと、
この活動当初からお付き合いある仲間から聞かされました。それ
が自分の話していた方と名前が一致して、一気に話が進む事に
なりました。
月命日に近かった昨年12月14日、9回目となった「新たに
銘板を提示するつどい」で正式に名前を残すことができました。
店で売られている、部屋のドアに貼られている「社長室」など
よりは少し小さめの細長いプレートを貼り付けました。
私は参加できませんでしたので、現場を押さえていませんが、
仲間によると遺族、職場仲間6人と言う大所帯だったそうです。
当該者の遺族の方には、自分の一言でご迷惑になったかもしれ
ません。また、OBとOG諸氏の方に亡くなった方の話をすると
いうのも嫌ではないかと思います。でも生きた、社会人として
活躍した証をどうしても残したい。それもこの大震災を風化させ
ないための、防災あるいは滅災への1つの手段であると思います。
グループの仲間全員の総意です。
会員の1人として、責任を果たすことができました。
最後に、この大震災で犠牲になった6434名、さらにそれが
遠因で亡くなられた方々に対して改めてお祈りさせていただき
ます。
合掌
追伸
私は卒業生ではありません。この件に関しては、上記、つどいの
後に、関西と関東の同窓会事務局に伝えました。
14年経つにもかかわらず、全く知らなかったという返事をいただき
ました。NPO会員として携わっている者としては正直、がっかりしまし
たが、これを機会にあの日の出来事を語り継がなくてはいけないと
思い、掲示板に記させていただくことといたしました。
■画像は神戸市・東遊園地内にある慰霊と復興のモニュメント
神戸市民及び市内で死亡した人の他、震災が遠因で亡くなった
方々の名前入り銘板が刻まれています。
昨年12月のセレモニーで、この卒業生を含めて17名が加え
られて、計4855名にもなります。